酒井隆司 生活の道具

良質の労働が良質の社会を形成する。信州松本で家具と生活用具を作っています。

一つ話の男/調律師の恋


 30年前、まだまだ若くて、思うように体の動いていた私は、甲板員としてスエズからバベルマン
デブ海峡まで、まさにこの航路をたどっていた。いまの蒸気船はまっすぐに波を蹴立てていけるが、
わが帆船は何度も方向を変え、アフリカの岸、アラビアの岸と、いくつもの小さな港に碇をおろしな
がら進んだ。ファリーズ、ゴマイナ、テクトズー、ウィーヴィネーヴなどという町だったが、いまは
もう多くは砂に埋もれている。そこで遊牧民と交易をした。廃墟になった砂漠の都市から敷物や壺を
くすねてきて売る手合いだよ。そんな航海の途中で、船は嵐に巻き込まれた。あの老朽船では、もと
もと船出を差し止められてしかるべきだった。帆を縮めたが、胴体に水漏れが生じ、どっと流れ込ん
だ水で船は裂けてしまった。大破した拍子に私は転落し、どこかに頭をぶつけて真っ暗闇に入った。
 目覚めると、砂浜に打ち上げられていた。誰もいない。船体の切れっ端があるということは、私は
この板にしがみついていたのだろう。幸運というしかない。まず私は自分が動けないと知って、これ
は五体が麻痺してしまったかと恐れたのだが、じつはターバンが巻きついているだけだとわかった。
頭からほどけて体に絡んだのであろう。産着にくるまれた赤ん坊か、エジプトの砂から掘り出される
ミイラのようなものだ。しばらくの間まるで思考が働かなくなっていた。したたかに体を打ったらし
い。息をつこうとしただけで、胸に痛みが走った。太陽は中天にかかっている。海の塩分が体にこび
りついていて、喉も舌もからからに乾いて腫れたようだ。ほんのり青みがかった水が、私の足と船の
板切れにひたひた寄せている。この板には、船名であったアラビア文字の最初の三つが、いまだ消え
残っていた。
 ようやくのことでターバンをほどき、ざっと頭に巻きなおした。立ち上がる。平坦な土地のようだ
が、遠くには乾燥した荒れ地とおぼしき山並みが見える。砂漠育ちなら当たり前だが、私が考えるこ
とは一つだった。水ーー。船に乗っていたおかげで、ここいらの海岸には小さな入り江がいくつもあ
ることを知っていた。もちろん塩水が普通だとしても、遊牧民に聞いた話では、地下水や遠くの山の
雪どけ水を集めた真水の川が入り江とつながっていることもあるという。だから、そういう川がない
ものかと思って、海岸線を歩き出した。ともかく海が見えていれば方角の見当はつくだろう。それに、
もしかすると、もしかすると・・船が通りかかるかもしれない。
 歩いているうちに太陽が山にかかった。ということは、いまアフリカにいるらしい。わかるのは簡
単でも、恐ろしいことだ。船に乗れば流されることもあるが、どっちの大陸の砂浜をほっつき歩いて
いるか、そのくらいはわかるものだ。とにかくアラビアではないとすると言葉はわからず土地勘もな
い。だが何となく度胸があったのは、まだ若かったせいか。太陽の熱に浮かされたのか。
 ものの一時間とは歩かないうちに海岸線が折れ曲がり、ごく狭くなった入り江が陸地に切れ込んで
いた。そこで水の味をためすと、まだまだ塩気はあった。しかし、すぐ手近に小枝が一本見つかった。