酒井隆司 生活の道具

良質の労働が良質の社会を形成する。信州松本で家具と生活用具を作っています。

狼の王子/クリスチャン・モルク


DP2


相変わらず北欧ミステリー読んでます。
思えば去年の夏に読んだ『緑衣の女』以来ずっと。


北欧ミステリーの作家としては7人目くらいでしょうか。
それまで読んできたものもどれも面白かったですが
これはそれらとは一線を画しているといった感じ。


物語はある郵便配達員が見つける殺人現場のプレリュード(前奏曲)から
別の郵便配達員が殺された姉妹の手紙を見つけるインタールード(間奏曲)へ
そして第一部のフィオナの日記へと続いていきます。


とにかく読みやすく文章に無駄がない、そのちょっと独特な言い回し、ユーモアのセンス。
訳し方もいいなと感じました。
フィオナは3姉妹のうちの長女。
初めは仲の良かった叔母の家に3人が招かれ監禁され毒を盛られ
双方が殺し合うというなんとも陰惨な修羅場がそこで繰り広げられます。



体がボロボロになりながら望みを託して書いた日記ではあるものの
そこまでに至る彼女たちの日常はなんとも微笑ましく
そのガールズトークはそれぞれの個性と相まってキュートでチャーミング!



しかしその修羅場の元凶となる人物、原題となっている『DARLING JIM』愛しきジムも登場します。
やばい男です。相方と二人、アイルランドのパブを回りながらそこで物語を聴かせるシャナヒュー。
語り部ストーリーテラー
今のようにTVやラジオ、インターネットなどが無かった時代は現代の私たちが想像する以上に
話術の長けた人は、もてはやされたエンターテイナーだったでしょうね。
まさに至福の時になります。


煙草の煙、グラスの当たる音、ざわめき、笑い声、狭いパブは老若男女でごった返しています。
もちろん三姉妹、モイラおばさんもいます。
そして登場するジム。聴衆、そして読者もまた聞き耳を立て彼の物語の世界に連れて行かれます。
ある王とその息子で双子の王子、そして狼の呪いの物語。
このダークファンタジーがある意味テーマというのか肝というのか。入れ子?というのか・・・
長女のフィオナがまずジムにイチコロになるわけですが彼の正体に気がつき
そして恐怖が忍び寄ってきます。
これが第一部。


そして二〜四部、最終章の『追記』で締めくくられます。
僕は図書館に並んでいたこの一冊、確かそこの図書館では北欧ミステリー最後の一冊だったと思いますが
読み出してすごくお気に入りになったので途中、アマゾンでポチりました。
ただ残念なのは第三部の『ロイシンの日記』で中弛みしてしまいます。


今度は真ん中の妹ロイシンが綴る事件の日記となるわけですが
個人的には『フィオナの日記』との重複感があってややダラダラしているかなと。
もちろん読者は新しい事実も知ることにはなるのですが。やはり中弛みを感じました。
ゆえに続く第四部『脚のない王子』、追記『騎士への褒美』が少しぼやけてしまって
ちょっと残念でした。
第四部と追記も重要で面白いのですが。


ちなみに作者は黒澤明の『羅生門』のファンだそうです。
姉妹それぞれの視点というのは『羅生門』から来ているみたいです。
ただ『羅生門』の登場人物たちの視点はことごとく異なるわけですから
ちょっとスタイルを真似てみたという感じでしょうか。


さてそんな訳で頭から尾の先まで、あんこの詰まった鯛焼きのようで面白かったです。
この作家のデビュー作のようですが次回作が大いに楽しみです。
ジムと脚のない王子の物語ってことはないですかね??


最後に
映画化もしたい!?
この姉妹の日記を見つけたイラストレーター作家志望の青年、ナイルが
この日記をもとに事件を追っていくのですが
持ち歩いているスケッチブックに時々描いているわけです。
でもなかなかイメージがわかずうまく描けない。
でもある時事件の全貌がつかめてきて狼の画が完成します。


この時は僕自身がその画用紙から狼が飛び出すような錯覚を覚えました。
それを映画のプレリュードに使いたい!
薄暗い宿の一室。揺らめくランプの下、カメラはペンを握るナイルの手と白いスケッチブックを映します。
スラスラと描かれていく狼が突然CGを使って飛び出し暗転。
そして小説のプレリュード、ダブリンのすぐ北に位置するマラハイドの町が映され
いつも通り郵便配達人のデズモンドがお気楽に郵便を配りだす。


『狼の王子』続きは映画で。ˆ ˆ